情報産業は、企業対企業という競争から、自前主義対標準主義という戦いに様相が変わってきた。カタカナでいえば、プロプライエタリービジネス対オープンビジネスということだ。これまでわれわれは、自前主義のマーケットにどっぷり浸かってきた。
私は数年前、ある一流メーカーのラップトップコンピュータと外付けフロッピーディスクドライブ(FDD)を買った。FDDは標準仕様のPCMCIAカードで本体につなげなくてはならないのだが、なんとそのFDDは、ほかのメーカーのコンピュータにつながらないばかりか、そのメーカーのその製品ラインのパソコンにしかつながらないことが分かった。出口も入口も標準仕様を採用しておきながら、こんなことになるのは一体なぜだろうか。
標準主義あるいはオープンビジネスとは、標準仕様を採用するかどうかという技術的な問題に基づいたビジネスではない。積極的にオープンマーケットをつくっていこうとする経営姿勢が第一で、その結果として標準技術があるのである。
自前主義では、だれよりも早く新技術をもって新製品を開発し、いち早くシェアの囲い込みを行う。これに対し標準主義では、キーとなる技術を公開し、製品の創造性で勝負しようとする。従来の感覚では考えられないかもしれないが、商売の種をただ同然で外に出してしまおうというのだ。
そんなことをして本当にビジネスは成り立つのだろうか。
資本主義システムのなかでは、ほかにはない技術やノウハウをもつことがビジネスの基本と考えられてきた。実は、標準主義の企業といえども、徹底的にクローズしなければならない機密情報がある。
今、情報産業で起こっている標準主義ビジネスとは、ほかとのつなぎ部分のインターフェイス仕様を公開して、実装部分の機密情報は尊重しようというものなのである。こんなことは、カメラ産業やオーディオ産業では遠の昔から行われていたことだ。フィルムやCDはどんなカメラやドライブでも使うことができる。だが、どんなカメラやフィルムをつくるかは企業機密だ。
市場つまりエンドユーザーが、こういうやり方を歓迎することは明らかであり当然のことだ。情報装置やプログラムのつくり方を、ぎりぎりのところまでオープンにして、使い易くて互換性、信頼性のある機器が手に入れば、市場はどんどん拡大する。これだけは企業機密にして、ほかとの競争の根源にしようとする技術やノウハウのことを「コアコンピタンシー」というが、これを上手く見つけて経営の軸足とすることが、オープンビジネスにおける成功のカギである。