コンピュータが実用的に使われ始めた30数年前の状況を思い出してみよう。今なら10万円程度のパソコンと同等の機能をもつコンピュータを買おうとしたら、何十億円もしたに違いない。いや、いくらお金を積んでも手に入れることはできなかっただろう。
足し算と掛け算のようなことしかできなかったのだから、コンピュータを使って処理するためには、解決したい問題をすべて足し算と掛け算の形に直さなければだめだった。そんな難しいことはごく限られた専門家にしかできなかった。
そこで、いろいろなコンピュータベンダーが、少しでも速く使いやすいものをつくろうと技術開発に注力したのであるが、その中心課題はなんといってもハードウェア技術であった。マーケットは、少しでも速いコンピュータの出現を待った。だから、コンピュータは「速いから売れる」、いや「速ければ売れる」というニーズのなかで活況を呈したのである。
いうまでもなく、「情報産業の変遷」という物語の主人公は、巨人といわれたIBMであった。ところが、オープンシステム時代の幕開けとともに、IBMは純潔主義をかなぐり捨てて、ガースナーという助っ人を社長に据えたのである。市場の動きに敏感なガースナーは、期待どおりIBMを変身させることに成功したのだが、この時を境にして、コンピュータ業界は“見えざる手”によって動かされることとなった。
われわれ情報技術に関係するものは、一体全体どのようにしてこの「見えざる手」の動きを読んでいけばいいのだろうか。「速くて安いのに売れない、なぜだろう」と困惑したことのあるメーカーやディーラーの方々は大勢いるはずだ。
さて、お気づきのことと思うが「見えざる手」とは市場のことなのである。市場という怪物をじっと見つめると、とんでもない闇のなかに吸い込まれてしまうことがある。そんなとき、順序を変えたり、立場を変えて見ると世界が大きく開けて見えることがある。
「健康だからよく食べる」と、「よく食べるから健康だ」とでは次に取るべき行動が違ってくる。どちらが正しいかというのではなく、どちらの方がより多くのことを説明できるかということなのである。
コンピュータの世界も同じことがいえる。これまで、IBMが主導してきたコンピュータ業界では、「コンピュータハードとそれをサポートするソフトウェア」というのが常識だった。しかし、「見えざる手」によって「ソフトウェアとそれをサポートするハードウェア」という構図に置き替わった。こう考えれば、実に多くのことが説明できるのである。